『そこが、あの洞窟だった。初めは、壁に何かを彫っていたけれど、それが完成してからは、それを眺めて笑っていた』

「笑っていた?」

これには三人が皆首をかしげる。
アズサを大きく頷いてまた話し出す。

『やがてついてきていたのが見つかった私が聞くと、その時だけは悲しさの中に願望と面白さがこみ上げてくるのよ、と教えてくれた』

友に会えない思いと、暗号というとてつもなく手間のかかる仕掛けを施した悪戯心。
暗号に悩む自分たちを見て、天で玲子は笑っているのではないかと思えてくる。

それならやっぱり……

アズサの話から、炯斗に確信が生まれる。

やっぱり、解けない謎になんかしていないはずだよな。
どうにかして、解けるようにして大事なことが書いてあるんだと……思うんだけどなぁ。

決め手に欠ける以上、考えても無駄だ。
今は、と諦めてまたアズサの話に聞き入った。

『私は、ここまで育ててくれた玲子おばさんに感謝してる。本物の母親だった』

アズサの様子が、変わる。
拳を握り、ぐっと顎を引いてうつむく姿からは、大きな悔恨があふれ出ていた。

『それなのに…! 周りは私が殺したと言う! 発作を起こす原因になった料理を作ったのは確かに私。でも!! そこには…弱ってしまったおばさんに、元気になって欲しいって思いだけでっ……!』

「もう結構です」

言乃がすっと立ち上がると、透けた涙を盛り上がらせるアズサが顔を上げる。

「大丈夫です。ここに貴女を責める人はいません。……安心してください」

そして言乃は、触れることの出来ない体をそっと抱きしめた。
その胸の中でもう堪えきれなくなって、アズサは声を上げて泣き出した。

伝えても伝えても、聞いてもらえなかった真実。
耐え切れず死を選んで尚、漂い続けた末の邂逅に、溜め込んでいたすべての堰が切って流れ出していた。