空耳此方-ソラミミコナタ-


垂直に伸びる隙間の前で必死に背伸びしている言乃は、脱力した。

彼女の顔がみるみる赤くなり、振り返る。
その顔は涙目で炯斗を睨む。

反対に炯斗は目をぱちくりした。

「俺……何か悪いことした?」

「別に……何でもありません」

拗ねたように言う言乃。
炯斗は顔を窺いながら頭をかいて、倉庫に気付いた。

「あ、そう…?――って開いてんじゃん、それ」

「あわわわ! そ、それはですね! 深いわけがありましてっ」

「あぁ、ことのんが開けたのか。ってええ!?」

炯斗は大きく仰け反って言乃をまん丸な目に映す。

「開いちゃったんですよ! 鍵が片方かかってなくて、つまみだけで…」

「まぁ、落ち着いて! ラッキーと思って調べようぜ」

「……はい…」

泣きそうな言乃をなだめ、扉を大きく開いて中を覗く。

「これは―?」

「何ですか?」

言乃も脇から覗く。
薄暗い中には、空いたペンキの缶が転がっていた。

「あの絵のペンキでしょうか?」

「こんなに濃い色使ってたか?」

手につかないように持ち上げ、斜陽に染まってきた光に当てる。

浮かび上がったペンキの色は――毒々しい紫だった。