そこへそいつは身を投げた。一気に体が引っ張られる感覚と空気を無理やり押し広げて落ちていく真逆な感覚が四肢を引きちぎるような痛みを私に与える。苦痛ににじむ涙でかすんだ私の目に、おぼろげながらも青白い月が映った。

「月が見えた」

 ゴボッと空気が音をたて気泡を作った。重い空気が空を満たそうと私の中へ入り込もうとする。足が、腕がひどく重たい。息苦しさから逃れようと手を伸ばす。

「おかえり」

 とても安心できる声が、私の中へ響く。私は必死で声を上げて叫ぶ。声にならない声ごと抱き上げる手にすべてを預けた。

「何をしてるの。何がしたいの。月はそっちじゃないですよ」

 そいつの滑らかに滑り込むような声が聞こえる。私の手の中にはまがい物の赤い月が一つコロンと転がっていた。見上げる月は青白くおぼろで、私は空気の波を掻き分け二度手を伸ばし続ける。