「月が見えませんか。なら、お喋りをしましょう。喋るのはお嫌いですか」

 電気の消えた部屋よりも暗い、ぽっかりと抜けた穴のように暗いフードに隠されたそいつの唯一見える顔の部分が滑らかで丁寧な言葉を伝えてくる。私はその言葉を不思議な気持ちで聞いた。目の端に映る鈍色の窓枠が淡く光り、暗闇だったものを全く別のものへと変えていく。

「ああ、何もないですね。空っぽです。散歩をしましょう。散歩はお嫌いですか」

 意識していなかった。気づいた時にはもう、ごく自然にあたり前のことのように私の首は縦に動いていた。

「手を取ってください。私の名前を呼んでください」

そいつの青白い手が私に向かって伸ばされる。気味が悪いほどに血の気がなく、ゆらりゆらりと手招きするように揺れるたび、私の心もひどく揺れ、声にならない声とともに手を伸ばす。そいつは「おいで」と言いながら、閉じていた窓を開いた。外には何もなく、まるで奈落の底を見せつけられているようで、軽く目眩がする。