加奈は慶太と同じ大学に通っていた。
もしあの時妊娠さえしていなければ、加奈は慶太と同じレベルの会社に入れたのではないかと思う。
加奈にだってそうなるであろう将来とキャリアがあったはずだ、それが妊娠によって加奈のだけ奪われ、慶太は自由になった。
それを考えてしまえば不満以外の何でもなく、むなしさ以外の何物でもなかった。
ただ、加奈は子供たちを愛しているし、今の生活において全く不満もない。だから、こんなことは考えるだけ無駄だし、あのとき違う選択をしたら、こうして幸せな環境にいることも保障されるわけではないこともわかっている。
ならば、やはり目を瞑るべきなのだろうか。
しかし、加奈には気になることがあった。
加奈は何となくそれが「中華の素」の女である様な気がしていたのだった。
確固たる証拠なんてないが、こんなときの女の勘は当たるという言葉で済ませてしまえば簡単だ。
きっと気のせいよ、と誰もが言うだろう。加奈も初めはそう思っていたのだから。
しかし加奈は、どうしてもそれが頭から離れないというような証拠はつかんでしまっていた。
それは匂いだった。
慶太が、会議で遅くなって、夜飯は適当に済ませてくる、と言うときには何故かいつも中華料理のあの独特の匂いをまとって帰ってきた。
ラーメンでも食べてきたの?と聞くと、まぁ、そんなとこ、と答えた。
それはラーメンの匂いではなかったのだが、似ているのでそう勘違いしてふりをしてやろうと思った。
ラーメンを食べたことに対し、あいまいな答えなんて普通しな、と加奈は思う。
食べたなら食べたと言えば良いし、食べてないなら食べてないと言えば良い。
こんなこと考えたくない、考えさせないでほしい、うまく嘘をついてほしい、どうせなら面倒くさがらずに徹底的に騙して欲しい。
加奈は奥歯を噛みしめながらそう思った。
毎日商店街を通り、中華料理屋とラーメン屋を通る加奈にとってその匂いをかぎ分けることなんて容易いことだった。
その匂いを嗅いだ瞬間に思い浮かんだのは、あの「中華の素」だったのだから。

