ところが震源があまりにも近かった為か、
津波の到達時間は予想以上に早く
 私たち親子は逃げる途中で突然、
巨大な横波を受け
 忽ちに、ぐるぐると回りながら
海の中へと沈んだわ。

 それはもう苦しくて、辛くて
濁った海水をしこたま飲み込んだせいで
 喉が焼けるみたいに痛かった。

 最後の力を振り絞り、全力で腕や足を動かして
無我夢中で海面に顔を出した途端に、
 目の前に大きな大黒柱が現れたの。
 
 必死でしがみ付き身を乗り出すと、
闇の中に吸い込まれるように
 遠く離れていく母の顔が見えた。
 
 その顔はとても穏やかで、まるで
「私の事は心配しないで、
 あなたは強く生きなさい。」
とでも言う様な温かい笑顔だったわ。
 
 私が叫ぼうとすると泥だらけの波が容赦なく
耳や口や鼻を塞いだの。
 
 今、思い起こして考えてみると、目の前に出てきた大黒柱は
母が使っていたもので、私の方に押し出した
 反動で母は沖に流され、私は陸に近づいた。
 
 そんな気がするの。