「花札のシカの絵札の横には
赤いモミジの木が立っているでしょう。

 あれには、とても悲しい物語が
隠されているのよ!。

 昔、室町時代の和州、大和の国では、
『鹿は春日の神の使いである。』と言われて
人の命よりも大切に扱われていたの。

 鹿を殺せば、死刑と決まっていたらしいわ。

 ところが晩秋のある日のこと、
興福寺の小僧さんが写経をしていると
 春日山の鹿が寄ってきて
習字の紙をむしゃむしゃと食べだした。

 当時、紙はとても貴重で
値段も高価であった為、
 驚いた小僧さんは咄嗟に鉄の文鎮を
投げつけてしまったの。

 そしたら運の悪い事に文鎮は眉間に当たり、
鹿はその場で死んでしまったわ。

 直ぐに興福寺を担当する
南都奉行の配下の役人が駆け付けて来て、
小僧に縄を打ち、引き立てて行く。

 そこに寺の僧侶から知らせを受け、
あわてて飛んできた母親が、
 縄を持つ役人の腕にすがり付き
何度も、なんども
『犯人は私ですじゃ。
息子を殺さんでくれ!。』
 と泣き叫び、訴え出たが、
聞き入れられる筈もなかったわ。