「名乗る名は無いと申すのか?」

女はゆっくりと瞳を閉じ、まるで凪ぎの海を思わせる様にたおやかな歌をうたう。若き武将はその声に心を魅かれ、魂を吸いとられそうになる感覚に背筋が冷え、太刀に手をかけ引き抜こうと身構える。

しかし、その歌声は魂を吸い取るのでは無く温める為の歌だと気付き、再びその場に立ち尽くした。

「あなたの命は明日の今頃この世に無い。でも、今、この場を去れば少なくとも命を取られる事は無い筈……」

しかし若き武将は彼女に向かって堂々とこう言った。

「武人の誇りを持って旅立つわが心は無である。死など取るに足りない事であるぞ。人間たかだか五十年の命、それを惜しんでなんとするか……」

「あなたの身の滅びは平氏の滅亡…それでも、この場に留まると……」

「武士の言葉に二言は無い」

彼女は再び歌い始める。若き武将の心を鎮めるかの様にたおやかに。そしてゆっくりと目を閉じる。