記憶の向こう側





しばらく普段通り働いていると、また女将さんから声をかけられた。




「叶恵ちゃん、今日はもう上がっていいわよ。」




びっくりして近くにあった掛け時計を見上げた。




今日の勤務終了まではまだまだ時間がある。




「え…、でも…」




他の仲居さん達は一生懸命働いているのに、私だけ先に上がるなんて、できない。




私は断ろうと思ったけど、女将さんはそれを制して笑顔で言った。




「今日はお客様も少ないから。叶恵ちゃん、明日はお休みでしょ?たまにはのんびりしたら?」




断れないほどの満面の笑みをされて、私は仕方なく小声で女将さんに尋ねた。




「本当に…、よろしいのですか?」




すると、女将さんは笑顔を崩すことなく答えた。




「ええ。叶恵ちゃん、いつも頑張っているもの。」




…そこまで言われちゃうとは。



せっかくだから、ご好意に甘えようかな。




「では…すみません、お先に上がらせて頂きます。」




私はニコニコしている女将さんに一礼して普段着に着替え、家へと向かった。