梓さんはゆっくりと、山下敬太さんに話し始めた。
「彼女…、『田島叶恵』というのは、仮の名前なの。」
「え…どういうことですか?」
「交通事故でこの病院に入院して…、意識が戻った時には、全ての記憶をなくしてたわ。」
山下敬太さんは驚きながらも真剣に梓さんの話を聞いていた。
「それでも彼女は一からやり直して一人で生きていくって決めたから、私が『田島叶恵』という名前を贈ったの。」
山下敬太さんは梓さんの言葉を信じてくれて、今度はゆっくり私の方に視線を向けた。
「そうだったんですか…。…あの、田島さん。本当に事故に遭う前のことは…?」
「すみません、覚えていません。」

