「吉井(ヨシイ)さん、お先に失礼します。」


現在、時刻は22時を少し過ぎた頃。


着ていた濃紺のエプロンをくるくると畳みながら、私はレジで座って優雅にタバコを吸っている吉井さんに頭を下げた。


薄暗いレンタルDVDショップの店内に浮かぶ紫煙は、父が吸っていたタバコと同じ銘柄のもの。

少し独特な匂いのするそれは、嫌でも父を思い出させる。


「あぁ、そっか…。このタバコ、」

「いえ、別に…、」

「悪い。配慮が足りてなかったわ。」


言いながら近くに置いてあった灰皿にタバコを押し付けると、吉井さんはイスから立ち上がって伸びをした。


「家まで送る。」

「え、そんな 悪いです。」

「いいよ、通り道だし。満ちゃんに何かあったらうちの店が困るからね。
先に車で待ってて。」


吉井さんはムダに整ったその顔で小さく笑いかけると、すれ違い様に車のキーを渡して私の頭をくしゃりと撫でた。


恐らく吉井さんは、消灯や戸締まりを済ませてから私を送ってくれるつもりだろう。


この地元密着型の小さなレンタルDVDショップは、吉井さんが一人で経営している。

父の高校時代の後輩で、たまたま私が面接を受けたバイト先のオーナーが吉井さんだった。


父も吉井さんも地方から出てきた身で、まさかお互いがこんな場所で再会するとは思わなかったらしい。


その縁なのか、吉井さんは私達親子にすごく良くしてくれる。

父の葬儀も、吉井さんが殆ど面倒を見てくれたのだ。