首筋に触れた冷たい唇と、微かなリップ音。
「な、何」
「なーんて。冗談ですよ。」
言いながらパッと離れた月瀬さんの瞳は、もう元の美しい青緑色だった。
口元から覗いていた白い牙も、今はどこにもない。
「人間でないのは本当ですが、今時こんなの流行りませんからね。」
「…どういうことですか。」
「僕は確かに人間ではありません。所謂(いわゆる)ヴァンパイアってやつです。
けれど、僅かですが人間の血も混じっておりまして。本来血液を主食とするはずのヴァンパイアですが、僕の場合、殆どそれを必要としません。勿論吸血行為はできますが、したいとも思いませんしね。」
『驚きました?』と首を傾けると、月瀬さんはヘラッと笑う。
そのあまりに呑気な笑顔に、ホッとしたのと同時にポロポロと涙が零れてきた。
「わっ!ちょっ、お嬢さん?!」
「す、すみません。ちょっと驚いてしまって。」
慌てた様子の月瀬さんに謝りつつも、次々溢れてくる涙をニットの袖口で拭う。
あれ、どうしよう。
止まらない…!
拭けども拭けども流れる涙にだんだん焦り始めた頃、甘いコロンの香りが鼻腔を擽ると、その瞬間、身体全体が何かに包まれた。
それが月瀬さんだと理解した時、触れ合う肩や腰から徐々に伝わる温もり。
冷たい指先が、何度も何度も私の髪を梳く。
「すみません。怖がらせるつもりはなかったんです。」
「つ、月瀬さん?」
「貴女のこと、僕が守ります。もう絶対泣かせたりしないと、誓ってもいい。
だから、どうか僕を傍に置いてください。」

