ミツは顔をあげた。
また洟が垂れてきて慌ててすする。

その聴き慣れた高くかすれた歌声は、モニターではなく、
薄壁の向こうから聴こえてくる。
ミツは耳を澄ませた。

初めてこの歌を聴いた夜、ミツは壁を叩いてレミを追った。
あの時はすぐに部屋を出てしまった。 
ミツがそのまま耳を澄ませて薄壁を見つめていると、
洋二は続きを歌いだした。

 追いかけて 好きといえ
 おまえはいつも 後悔ばかり

 想像とは少しずつ ズレていく現実
 でもまだ どうにかなるんじゃないかと
 根拠のない希望にすがるんだ

 おまえが 失くしたくないものは 一体何なんだ?
 いつか このままでいられなくなる日を思うと
 胸がつぶれそうになるんだ

あの夜よりも、ずっとずっと切なくて、かすれて途切れそうな洋二の声。
洋二は、ミツの部屋側の壁にもたれて歌っていた。
歌いながら、泣きそうになると、腕に爪を立ててこらえた。

歌い終わって、もう一度最初から歌った。
薄壁に向き直り、両手を乾いた木に祈るように当てた。

ミツは、そういえば、この歌を一度も洋二が
バンドで歌ったことがないことに気づいた。

モニターには素材テープが流れる。
柔らかく笑う羽月、羽月を見て口元が緩む洋二。
羽月の瞳は揺れる。

ミツはやっと気がついた。
洋二が羽月に思いを明かさない理由。
羽月の視線の先にあるもの。
洋二の歌声が強くなった。