店を開ける時間の明るさが日毎に増していき、背筋を丸めなくても夜道を歩けるようになったころ、まるで他の客がいないのを見計らったかのように妃緒がやってきた。

「三ヶ月ぶりくらいね。」
「奥様が夜遊びですか?」
僕は笑いながら、指定席に座る妃緒におしぼりとメニューを渡す。

「高裕さんが出張なの。
不思議よね。高裕さんと一緒に暮らしているより、一人暮らしをしていた期間の方が長いのに、夜を一人でどうすごしていたのか思い出せないの。
食べてくれる人がいないのに料理をするのって、あんなに味気ないものなのね。
久しぶりだから何にしようかな。」
「バイオレットフィズはどう?
前に妃緒が話してくれたブルー・ムーンと似ている味になるよ。」

僕は妃緒にバイオレットの瓶を見せる。

「『Parfait Amour』って、本当に書いてあるんだね。
『完全なる愛』が、ブルー・ムーンになると『叶わぬ恋』になっちゃうってことね。」

こういう発言を聞くと、妃緒が主婦になっても独特の世界観を持ち続けていることがわかる。紅茶のような人になりたいという目標にむかって、着々とすすんでいるようだ。