美しいあの人

なんだかすっかり気をそがれて、
あたしはそれぞれの値段についてだいたいのところを教えてやることにした。

「ええと……。ブルガリスポーツが多分四十万くらいすると思う」
「それどれ?」
そんなに無頓着なのか。
本人自体が美しいと物への執着というのはなくなるのだろうか。
「腕時計だよ。あれブルガリでしょう」
祐治は自分の左手首に目をやったが、時計はダイニングテーブルの上に置かれたままだ。
「とけいが、よんじゅうまん……」
ぼんやりしている祐治を放ってあたしは続ける。
「財布もシャツも少なくとも六万くらいすると思うよ」
デニムとマフラーだってそれぞれ三万なり四万なりはするだろうし、とさらに続けたら、
祐治はすっかり無言になってしまった。
この人はそんなに高価な物を貢がれているという自覚がなかったのかもしれない。
だからこそ、あたしに気にするななどと言ったのか。

「ブランド物だ、っていうのはわかってたんだよねえ?」
「まあ高いんだろうなあとは思ってましたけどそこまでとは……」
「あたしがどうして怒ったのかわかる?」
「なんとなく、ですけど」
もしかしたらこの人は、全部説明しないとわからないかもしれない。
祐治はきっといろんなことに無自覚なのだ。
自分の見た目が美しいことも自覚していないかもしれない。
そして、自分に何かをしてくれる女がなぜそうしてくれるのかにもきっと興味が無いのかも。