翌朝、ジードは出発の準備をして高台に立っていた。

「準備は整ったかジード?」

ジードは黙って、この高台から見える景色を見つめていた。
しかしそれは、生まれてから一度も出たことがないこの森に対する感慨から来る行動ではない。

「親父が、いつも高台から森を眺めていた理由がわかったよ」

ジードに見えていたものは目に映る景色だけではなかった。
森に住む魔獣達の息遣い、そこかしこで繰り広げられる様々な戦い。
今のジードには、それら全てが感じられたのである。

「昨日は気付かなかったが、お前、魔力の絶対値が大幅に上昇したな。確かディナスと戦った後も。……そういうことか」

ディナスと戦かったときも、ガイラとの戦いでも、ジードは魔神化した状態を自らの意志で抑え込んだ。
理屈はわからないが、きっとその影響でジードの魔力が上昇したに違いない。
ラウドはそう結論づけた。

「今のお前なら、きっと何が来ても大丈夫だ。自信を持て」

「ああ、行ってくる。あ、あと親父……」

「なんだ?」

「もし俺が‘あの状態’から戻れなくなったら、その時は……迷わず殺してくれよ」

背中を向けたジードの声は震えていた。
自分の中に悪魔が棲む言い知れない不安は、とてつもなく大きなものだろう。
ラウドはジードの頭の上に手を乗せた。

「ジード、お前は誰の手にもかけさせん。お前はたった一魔の我が子だからな」

ラウドのこの言葉によって、ジードは更に背中を小刻みに震わせた。
ジードは泣き顔を見せまいと背中を向けたままだ。

そしてラウドは、自分の意志を乗せるように、力強くジードの背を叩いた。

「よし、行ってこい!」

「大きくなって帰ってくるぜ!」

こうしてジードは高台を飛び立ったのである。