「ありがとう、義人さん。凄く…嬉しい」
「好きでしょ? キラキラ星」
「ハル兄が初めて教えてくれた曲だから」
「……そう、だったね。アイツも祝ってくれてるよ。体は眠っても心までは眠っちゃいないさ、きっと」
「だと、いいな」

 ハル兄こと箕山 春人は私の七歳年上の兄。もう何年も彼の声、笑顔を見聞きしていない。七年間一度も目覚めることなく、眠り続けている。ある事故、事件がきっかけで。

 私が深く関係しているらしいが、その時の記憶が私には全くない。所謂、記憶喪失というやつだ。ある一部分だけの。生活には支障がないので特に問題ない。無理に思い出そうとすると頭がズキズキ痛むし、この話題は皆、悲しい表情をする。愛する人たちのそんな顔は見たくない。だからこの話は禁句で私の心の中にそっとしまい込んでおく。きっと思い出してはいけないのだと思う。この平和な日常を壊したくはない。

「新曲出来たらまた、ハルんとこ行くんでしょ?」
「もちろん。その為に作ってるんですから」

 有名になりたい、自分たちの歌を世界に広めたい、そんな安易な考えでBAZZを結成したわけではない。ハル兄が好きだと言ってくれた私たちの歌を彼の耳に沢山届けたい。そんな純粋な気持ちからBAZZは始まった。

「あのさ、俺も一緒に行っちゃ駄目?」
「え?」
「しばらくアイツに会ってないからさ。流石に一人でアイツん家行くのは気が引けるし」
「いいですよ、ハル兄もきっと喜びます」

 こうして時折、ハル兄に会ってくれる彼には感謝している。殆どの人たちはもうハル兄のことなど忘れてしまっているのだろう。天才とまで言われたピアニスト、箕山 春人の存在など…。

「アイツが目、覚めたらさ…三人で旅行に行こう。絶対。どこがいい?」
「……温泉。静かなとこでのんびりしたい」

 いつになるかわからない約束。こうして交わすことで私は頑張れる。立ち止まることなく、前に進める。大袈裟に聞こえるかもしれないが、それほど私にとってハル兄は大切な存在なのだ。たった一人の兄なのだから。

 その後、私たち二人はお互いの心境など他愛ない話をして一時を楽しんだ。