SONG 〜失われた記憶〜

<…はい>
「あ、おはようございます。詩です」
<おはよう、早いね>
「今日からレコーディングなんです。時間大丈夫ですか?」
<平気、平気。まだオープン前だし。おばさん、何時頃来られそう?>
「十七時くらい。大丈夫ですか?」
<ん、OK>
「あと月曜日のバーベキュー、顔出すくらいなら行けそうです」
<本当? ありがとう>

 電話越しではあるが、その声は明るく、彼が今あの無邪気な笑顔を浮かべているのは容易に想像出来る。

「レコーディングがあるので長い時間はいれないですけど」
<充分だよ。無理言ってごめんね。時間と場所は後でメールするから>
「わかりました。――じゃあ、今日母がお世話になりますけどよろしくお願いします」
<はは、了解>

 そこで電話は切れた。

 私は携帯を鞄の中にしまい、タンスの中からダメージジーンズのデニムとペイズリー柄のキャミソールを取り出し、それに着替える。上に白のサマーニットのパーカを羽織る。フードを被って。これが私のスタイル。レンズの大きな一見、伊達眼鏡にも見えるが、ちゃんと度が入った黒縁の眼鏡をかけていざ出発。普段はコンタクトをしているので眼鏡はかけないが、レコーディングで今日はおそらく朝帰りなってしまうと思われる。コンタクトは避けたい。

 ハル兄にいつもの挨拶をしてから私は母の自室へと訪れる。

 コンコン、とドアをノックする。

「はい」
「ママ、今日十七時に予約しといたから。義人さんとこ」
「ありがとう」
「それと、明日からしばらくこっち戻らないから。赤坂の家にいる」
「どうして? パパ寂しがるわよ?」
「今日からレコーディングで帰り、朝になるし向こうで作業しなきゃなの」
「そう…仕方ないわね」

 あからさまに眉を顰め、悲しげな表情をされるとこちらも胸が痛む。

「電話するから」
「絶対よ? パパにも言ってから出なさい」
「わかってる」

 母の自室を出た。この時間帯ならばおそらく父は書斎にいるだろう。

 先ほどと同じ様にドアをノックしてから書斎に入る。

「パパ」
「ん、どうした?」
「私、しばらくこっち戻らないから。赤坂の家で作業とか色々しなくちゃいけないの」
「母さんには言ってあるのか?」
「うん、さっき」
「まあ、仕方ないか。電話するんだぞ? 母さんが寂しがる」
「ふふっ」

 母と同じ事を言っているので思わず笑ってしまった。