SONG 〜失われた記憶〜

 皆を自宅まで送ってたりしたら遅くなった。空を送った時に借りてた黒のライダースを返した。彼はそれを受け取り、七階建てのマンションへと帰ってゆく。

 家に着いたのは十一時を少し過ぎた頃だった。鍵を開けて中に入ると、母と珠代さんが温かな笑顔で迎えてくれた。

「おかえりなさい。遅かったのね」
「うん。皆とご飯食べてたら遅くなっちゃった」
「お疲れでしょう。ハーブティーでも飲まれますか?」
「ありがとう、珠代さん」
「着替えてらっしゃい」
「…ん」

 私は一旦、自室へと戻ってラフな綿素材のルームウェアに着替えた。パステルカラーのオレンジと水色のボーダーで七分丈のズボンにパーカー。コンビニやスーパーなどに行く時はいつもこの格好。楽で結構気に入っている。

 母と珠代さんの待つリビングへ行く前にハル兄に挨拶する。これは私の日課だ。朝のおはようから始まり、夜のおやすみで終わる。曲制作で赤坂の家に篭っている時はそれが出来ないので代わりに珠代さんにしてもらっている。まあ、私がいる、いないに関わらず珠代さんは毎日してくれているようだが。両親も帰ってきた時は頻繁に顔を覗かせている様。

 リビングでは母と珠代さんが向かい合わせにソファーに座り、楽しく雑談している。お洒落なガラスのティーポットからはカモミールのいい香りがする。二人の手元のティーカップにそれが注がれ、湯気が立っている。

 私が母の隣に座ると珠代さんが直ぐ様ティーカップを用意してくれ、二人と同じカモミールティーを注いでくれた。

「詩。これママからの誕生日プレゼント!」
「ありがとう」

 と、どこからともなく母が私に差し出したのはエルメスのショップ袋に入った何か。大きさからしてアクセサリー類もしくは香水だろうか。正解は後者だった。エルメスのオーデメルヴェイユという香水で丸いボトルに入って可愛らしく、インテリアとして部屋に飾っておくのもいいだろう。もったいないのでそれはしないが。確かこれは巧さんが数年前から愛用しているものだったと思う。一応レディース用ではあるが、フローラル系を加えていないので男性がつけても違和感がない爽やかな香り。これをつけて不快感を与えることはまずないだろう。