当日 

朝から鏡の前で何度も着替えを繰り返す。スクエアーネックのノースリーブ、ふわっと広がるひざ丈の黒いワンピースに決めた。その上にシンプルなジャケットを羽織る。メークをしながら鏡の中の自分に言い聞かせた。

「大丈夫。結婚報告じゃないんだからマイペース、リラックス」

笑顔の練習。口角を思いっきりあげて力を抜く。
成人式に両親からプレゼントされたCHANELの定番、チェーンバックを手に部屋を飛び出し階段を駆け降りた。

海岸沿い。埋め立てられた不自然な街にある有名ホテル。そのロビーで雅紀とその家族の到着を待った。

同じように結婚、入学。

新たな門出を祝う人たちがそこかしこに見受けられる。みな一様に笑顔だ。

こんな場所で憂鬱な顔をしているのは私だけかも…。そんな気がした。

その頃、さやとゆうが電話でこんな会話をしていた。


”今日のこと瀬名から聞いてる?なんであんなに自分に自信がなさそうなの? 幼馴染のゆうなら何か知ってるかと思って”

”瀬名 昔からすごい自分に劣等感持てってね。ちょっといじめにあったこともあってさ。まあ、小学生の幼稚な感じだったんだけど。

瀬名の家はいわゆるサラリーマン家庭じゃなくって、建設関係の職人さんとして1代で会社をたちあげてて。

でも、ほら小さい時って自分の親の世界が当たり前っていうか絶対みたいなのがあるじゃない?
だから平日の急な雨の日お父さんが傘持って迎えに来たりするのにいろいろ言われたり。

それに両親ともに高校ぐらいまでしか出てないっていうのがさ。瀬名が選んで歩いてきた世界では稀な感じで。

それがコンプレックスなのかなって? あまり話してくれないからわかんないけど。そんな感じがする”

”そうなんだ…。今日瀬名、がんばれてるといいね”


死ぬほどの緊張から解放された後に二人からのメールに気づいた。