10年越しの恋

「ケン… 今日の私にその言葉はダメだよ。ずるいよ。もうどんな顔すればいいか分からない」


涙を堪えようとする顔はきっと不細工で滲んだマスカラがたれ目をもっとパンダ目に見せているはず。


「我慢しなくっていいって言ったろ。そのまま、今瀬名ちゃんの中にある気持ちを出せばいいんだって。大学時代のおまえはそうだった」


「大人になったの!」


「そんなのは大人になったって言わないんだよ」


そう言ったケンは大好きな雅紀の笑顔より優しく輝いていた。


「時間大丈夫ならもう1軒行きますか? 次はビールじゃなくてワインはいかが?」


2軒目は路地裏にある大人がバーボンとシガーを楽しむ店だった。

カウンターのみの小さな店は満員に見えたが顔馴染みなのかケンは軽く挨拶を交わし先へと進んでいく。

一番奥壁際の席に腰を降ろした。


「俺はマッカランロックで、瀬名ちゃんは?」


「じゃあモヒート」


こんなきちんとしたバーに男性にエスコートされてくるのは久しぶりのことだ。

店内には会話の妨げにならない程度に絞られたジャズが流れている。

高さがありクッション部分が小さな椅子は背がさほど高くない私には落ち着かない場所。

申し訳程度にカウンターの端から端へ足を置くためのパイプがあるがそこにも届かないのだ。

気を抜くと場違いなレストランに連れてこられた子供みたいに足がぶらぶらしてしまう。

そんな中1番座りやすい状態を探そうと模索していたら飲み物が運ばれてきた。

ラムの甘さの後に大量に入れられたミントの清涼感が口の中に広がるキューバの代表的なカクテル。


「あらてめて乾杯」


合わせたグラスの中で丁寧に角を取った氷が涼しげな音を鳴らす。


ついさっき告げられた言葉が気になって上手く話しだせないでいた。

数分の沈黙ののち耐えかねて話し始めたのはケンだった。