10年越しの恋

「嘘じゃないってば。ほんとに落ちたの」


「この間サークルの合宿の飲みで話題になってたから気になってて」


今日みたいな日にこんな優しさは罪だと思う。

深く心の底に押しやった感情がここぞとばかりに姿を現そうとするから。


「卒業してからもまめに顔出してるんだ！　やっぱりケンはマメだよね」


わざと外した返事。そのまま前を見ないで煙草に火を点けた。


「じゃああの話しははただの噂なんだな」


「どんな話になってるかは知らないけど、ただ大学院に落ちて行くところなくって働き始めた。ただそれだけのことだよ」


少しだけ口調が強くなってしまったのが気になったけどもうどうでもいい気もした。


「でも本当に諦めていいの？　いまどきは社会人入試なんって制度まであるんだからさ」


「あんまり頭良くないし、背伸びするの止めたの。今の会社が私にはちょうどいいレベルなんだよ」


「何でそんな言い方すんだよ！　全然ちょうど良くないだろ。だからそんだけおっさんと喧嘩してんだろ」


大きな声に周りの人が振り返る。


「だって仕方ないじゃない。第2新卒なんてどこも取ってくれなくて唯一入れた会社がここなんだから。そうやって自分を納得させる他なかったの」


雅紀にも見せることのなかった感情が爆発する。

ケンの言うとおりだった。

全然納得なんか出来てないし悔しくて仕方がない。

雅紀との関係もここのところしっくりこない状態が続いている。

あの日から少しづつ順調に回っていた歯車が狂い始めているのを感じていたんだ。


「もっと自分の気持ち話していいんだよ」


私の気持ちが落ち着くのを少し待って言葉を繋いだ。


「何で？　どうしてそんなに優しくしてくれるの？」


「俺は今でも瀬名ちゃんのことが好きだから」


もう泣かないって決めてたのに……。

ケンの優しさが決して緩まないように張っていた感情の糸をぷつりといとも簡単に切ってしまった。