「仕事で失敗でもした?」
「失敗の一つかもね…。また喧嘩しちゃった…」
「前のおっさんとか?」
「うん」
一言話し始めるともう止まらなかった。
「でも社会では私が間違ってるんだよね」
自己を殺してワーキングパーソンに徹する。
そしてその対価として給料が支払われる。
当り前のことなのに実際に経験してみると私には耐えがたいものだった。
「それ以前にずっと気になってたんだけど、なんで瀬名ちゃんが就職してんの? 大学院は?」
たった2年前の事なのにずいぶん昔みたいに感じられる。
そっか… 知らないんだ…。
ケンと「またね」って別れたあの日はまだ夢に向かっていたんだ。
「なんでかなー」
そうして誤魔化しながら適当な言い訳を考える。
本当の理由。もうこれ以上誰にも知られたくなかった。
「こんな恥ずかしいこと言いたくなかったんだけど落ちたんだ」
もうこうして取り繕うために笑うのは何度目だろう。
何通りか用意しておいた言い訳の中からケンに最適な言葉を選んだつもりだった。なのに…。
「俺にも嘘つくの」
事実を知った上での問いかけなのかそれとも…。
「後輩に聞いたよ」
やはり顔の広いケンは知ってたんだ…。
それでももう泣いてばかりの自分とはさよならしたんだ。
頭に浮かぶのはいつも代返を頼んだケン隣にラスト30分で滑り込みレポートを写す自分の姿。
たくさんのノートを手に10号館で煙草を吸っている私の元へと駆け寄ってきてくれたケンの姿だった。
「何! 本当に落ちたんだって」
そう言って笑う私に寂しそうな目を向ける。
「ほんとのこと話して楽になれよ」
もうケンの目は笑っていなかった。
