「今日は嫌な思いをさせて申し訳ない。僕の責任です」


予想外の展開にどう返答すればいいか分からなくなってしまう。もし金田とのやり取りに怒られたらとシュミレーションしていたセリフが何一つ役に立たない。


「岩堀さんが既に感じているようにこの会社は最低です。リタイアした会長がまだ社長だった頃はこんなんじゃなかったんですよ」


森さんから語られる一言一言には高校卒業後すぐにここで働き始めて30年になる重みを感じた。


「何の苦労もなく跡を継いだ今の社長が金田のような社員をのさばらせている原因なんです」


「どういうことですか?」


「ただ額面の大きな現場を取ってくればいいそんな考えなんですよ。裏で会社を食いつぶされているとも知らず。裸の王子ってやつですね」


皮肉な言葉とは裏腹にその声はとても悲しそうだった。


「岩堀さん、もう少しここで頑張りませんか? 1年の就業歴があれば派遣会社に登録して大手企業を紹介してもらうことも可能になりますから」


そう1年以上企業で働いた経験がないと派遣社員にもなれないのだ。


「でも今日のことで金田とはもっとやりあうようになってしまうかもしれません…」


「僕ら、少なくとも私は嬉しく思ってるんです。誰も何も言えないのをいいことにのさばってるんですから」


「私でいいんですか?」


「あなただからいいんですよ。あと半年頑張ってください」


50歳をとっくに過ぎた森さんが少年のような笑みを見せた。