『おはようございます』

ふわりとした笑顔を向けた彼女の口が、そう動いた様に見えた。

一瞬彼女がなんと言ったのか理解出来ず、少し遅れて同じ様に口を動かす。

先程の余韻が抜けきらず、そこから動くことも出来ずにいると、彼女はゆっくりと此方の方に歩いて来て、また、口を開いた。


「聴いて…ました…?」

綺麗な声。

「…はい。しっかりと」

その声に負けじとにこやかな顔を作った。

「恥ずかしいですね…」


と、少し赤くなった鼻の頭を掻く様な仕草をしながら、

「即興で歌ってただけなんですけど…」

言いかけて、彼女は動き出した噴水をちらりと見ると、

「あ、もうこんな時間でしたか…。失礼しますね」


いつも通りの日常の中、違う色を持って現れた彼女は、足早に去っていった。


「…名前も…聞いてない」

彼女が見えなくなるまで、僕は彼女の背中を、ずっと目で追ってしまっていた。


この日、水を空にまで届かせようとする噴水と同時に、僕の恋もまた、動き出していった。