暗い、部屋の中。
一本の蝋燭の光に包まれている。踊る炎と同じように揺らぐ影が二つ存在した。
そのうちのひとつの影、シルエットからして女性だろう人が唇を開いた。
「明人くんを呼び戻すなんて、危険なのではないですか?」
彼女の声は不安そうだ。
もう片方の影、障子に映る影の肩幅などから予想するに男性の低い声が聞こえてくる。
「いや、赤星のお婆様曰くあちらでは術の弱まりを防ぐことは不可能らしい。あちらは山だ、当然異形も多い」
台に乗せた古めかしい書物をはらりと捲る。書かれているのはかの母親が書いた術や陣の写しだ。
「けれども、勘当という形で山に籠らせましたが……分家の人間が一度勘当された人間をここに置くことを許しましょうか?」
彼女の質問は彼の呟きに返された。
「当主の命令だ」
彼女は小さく「了解しました」と答え。姿を消した。
残されたのは書物を流し読みする男性のみだ。
「……明人、か」
彼は思い出そうとする、自分の息子の面影を。
だが、思い出せなかった。
彼の頭の中では息子はまだ小さな赤ん坊か、そうでなければ勘当が決まったときの――涙を目の縁に溢れんばかりに溜めた小学生の――息子か、祖父母の家へ向かう電車に乗り込み、祖母の腕の中で泣いていた子供だった。
悪かった、と彼は思う。
だが、あれは息子を守るためのものだ。
そう小さく言い訳をして、書物を閉じた。
一本の蝋燭の光に包まれている。踊る炎と同じように揺らぐ影が二つ存在した。
そのうちのひとつの影、シルエットからして女性だろう人が唇を開いた。
「明人くんを呼び戻すなんて、危険なのではないですか?」
彼女の声は不安そうだ。
もう片方の影、障子に映る影の肩幅などから予想するに男性の低い声が聞こえてくる。
「いや、赤星のお婆様曰くあちらでは術の弱まりを防ぐことは不可能らしい。あちらは山だ、当然異形も多い」
台に乗せた古めかしい書物をはらりと捲る。書かれているのはかの母親が書いた術や陣の写しだ。
「けれども、勘当という形で山に籠らせましたが……分家の人間が一度勘当された人間をここに置くことを許しましょうか?」
彼女の質問は彼の呟きに返された。
「当主の命令だ」
彼女は小さく「了解しました」と答え。姿を消した。
残されたのは書物を流し読みする男性のみだ。
「……明人、か」
彼は思い出そうとする、自分の息子の面影を。
だが、思い出せなかった。
彼の頭の中では息子はまだ小さな赤ん坊か、そうでなければ勘当が決まったときの――涙を目の縁に溢れんばかりに溜めた小学生の――息子か、祖父母の家へ向かう電車に乗り込み、祖母の腕の中で泣いていた子供だった。
悪かった、と彼は思う。
だが、あれは息子を守るためのものだ。
そう小さく言い訳をして、書物を閉じた。
