「それ」が何であるか、憲治には分かっている。
 「恐怖」だ。憲治が最も恐れていた現実の「恐怖」だ。
 「それ」を押し殺して振り向く。視線は、すぐには上げられない。視線と一緒に度胸までもが押しつぶされているようだ。
 黒いパンプスが見えた。心持ち日に焼けた感のある細い脚が見えた。ミディアムブルーのタイトスカートの裾が見えて、そこから先を一気に駆け上がる視線。
「先輩、今日は。」
 聖菜、がいた。
 うなじの辺りで切りそろえた黒髪と、経過した時間を表わす身長の高さは憲治の知っている「聖菜」のそれではない。