だとしても、あの美しい少女に抱かれながら、眠るように浮き世の感覚を無くしていく感覚に憧れた瞬間があった。それは確かだ。
 あの感覚は心が安らぐと言うのではなくて、肉体が物理的に安定していくスピードに意識が付いていけなくなった時に見る幻、死に際に見るであろう田園風景と同じものだったのだ。
 眠りを一時的な死と捉えるならば、その時に見るビジョン、即ち夢は紛れもなくあの世の風景。今の憲治にはそう思えた。
 憲治は拳を軽く握り、また開く。その掌を見つめた。