碧(みどり)に波打つ稲穂の海。
 黒々と横たわる山脈。
 里帰り直後の、あの、あきらめた、淀む瞳に映った風景と少しも変わりがない。息が詰まりそうな風景だ。それでも、なぜか今はここに居たい。そう思えそうだった。昨日までは。
「…憧子、憧子…、」
 虚ろに漏れる言葉。フェンスをわしづかみにして、キャップのツバで二度、三度、がしゃがしゃと金網を突く。そして視線は宙を舞う。昨夜の炎の中に消えた(であろう)、その少女の名を、自らが名付けたその少女の名を、愛おしむように舌先に転がす。