「…いいよ、もう。」
 憲治は精一杯気遣ったつもりだったが、千佳子の涙が流れ落ちることは止められなかった。
「…これ、使いなよ…。」
 憲治はハンカチを差し出す。憲治がハンカチを持ち歩くことなど滅多にないのだが、出掛けに母が手渡したのだ。女の子と会うときぐらい、と言う母の言葉を思いだし、憲治は少し落ち着いた。
「…千佳子、って、呼んでいいか…?」
 ハンカチを受け取りながら千佳子が憲治を見る。うなづく千佳子。涙ぐらいでは流れて行きようがない、悲しげにゆらぐ「風」が瞳の奥にあった。