スピリット・オヴ・サマー

 その辺りからだろうか、店のBGMがモダン・ジャズからイージーリスニング系のピアノのインストゥルメンタルに変わった。
 そのピアノの調べの切なさも手伝ってか、もう数秒、紅茶が運ばれてくるのが遅れたら、多分憲治の目からは涙がこぼれていただろう。それは嬉し涙。だが、悔し涙。どうしてもっと早くこうならなかったのかと言う、理不尽な後悔。
 何はともあれ、憲治は千佳子の前で泣きっ面を晒す事態を回避した。
「ここのティーポット、いいわね。私の東京の部屋にもほしいわ。」