「俺には微笑まなかったか。」
 憲治は店の中に入った。

 「PAVANE」は小さな貸しビルの2階にある、この街の中では比較的新しい喫茶店である。新しいと言っても憲治が高校生の頃はすでにあったぐらいだし、喫茶店の数自体そんなに多くはないこの街だから、その名前を言えば大抵の人は迷わず、ここ、と分かる。
 どこの席からでも店内中が見渡せるほどの店構えだが、アンティーク調に統一された調度品がうるさすぎず、なおかつ間延びせずに上品に配置された様子は、この街には不似合いなほど垢抜けていた。