家に戻ると父は早々と床についており、母が一人、居間で家計簿と格闘していた。ただいま、と言った憲治を、こんな遅くまで、と笑いながらたしなめる母。ごめん、と憲治は頭を掻きながら居間を出る。瞬間、母の顔が、ほかの誰かの顔にダブった。
誰だ?
 お休み、と言い残して2階の自室に向かう憲治の頭の中で、無数の脳細胞が「誰か」を探す。だが、何かが邪魔しているようなもどかしさ。すぐにでも思い出せそうだが、思い出してはいけないのだろうか。