スピリット・オヴ・サマー

「ああ、楽器はからっきしの俺には、何の文句も付けられねえから、さ。」
 お任せしますと、にかっと笑う憲治を横に立たせ、「憧子」は一、二度鍵盤をたたいた。
「よーし、イイあんばいだァ。」
 そして静かに鍵盤を撫で始めた。
 弦の一つ一つが、細やかに音を刻む。ためらう余韻。やがて転がりながら流れ行く旋律。時折ため息の様にペダルがきしむ。「憧子」の指先が鍵盤の上を、右へ、左へ、淀み無く流れる。憲治は「憧子」の横で音階に身を委ねる。