ふと出そうになった土地の言葉を打ち消しながら、目を上げた憲治。彼の視線は、息のかかるほどの距離で、少女の黒く深い瞳にさえぎられた。少しでも立ち上がろうとすれば、唇同士が触れてもおかしくない。
「あ、の、何か…?」
 憲治の中で時間が、精神が凍りつく。
「終わったらぁ、2年1組の教室さ来てけねが(来てくれない)?」
 半開きの、締まりの無い憲治の口の中に、少女の唇から漏れる少し生暖かい、湿度を帯びた吐息がほのやかに滑り込む。憲治は少女の吐息を、言葉と一緒に胸の奥に飲み込んだ。喉が、鳴った。