言葉にすれば一言ですむ。「両惟い」だ。だが哀しいかな、憲治はその経験が無い。そこまで行かないのだ。
 逃げようとすれば「千佳子の影」が、近づこうとすれば「聖菜の影」が、いつも憲治の心を優しく包んで自由を奪う。そこで終わってしまうのだ。
 それが取り払われたいま、憲治が心動かされているのがヒトならぬモノであることに、自嘲の念を押さえられない。しかも、憲治には少しづつ分かり始めていた。
 あの「少女」と出会って以来、憲治が無理矢理消し去ろうとして、それでもできなかった何かが、今また憲治自身の心の中で輝きを増し始めた様に思えている。