「ああ、良い天気ですねぇ」



鞍を磨きながらの源三郎の呟きに、思わず笑いが漏れた。





「爺臭いぞ、源三郎」

「失礼ですね。爺と言われる時には、私はまだまだ男としての色香が残っておりますよ」





切れ長の漆黒の瞳を細め、不本意だと言わんばかりに源三郎は唇を尖らせる。




「何が色香だ。独り身のくせに」

「私等よりも、御自分の心配をなさいませよ…姫とはその後どうですか?」



二人しかおらぬのに、なぜか声を潜める源三郎。


その意図は、明らかに好奇心だろう。






「どうって……どうでもよかろう」



ぷいと顔を背け、鞍を磨く手に力を込めた。




それを聞かれると、正直言葉に詰まる。









千寿は変わり無い。


廊下で擦れ違えば、頭を深々と下げる。




だが、言葉を交わす事は無い。









雨の中、佇む千寿の姿が瞼に浮かぶ。







崩された小石の城。


水分を含み、細い肩にのしかかる朱色の着物。


張り付いた黒髪。

その先から雫が頬を伝い、顎先から地面へと落ちていく。



まるで、涙の様に……。



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