「でも、イノのスパゲットむにゃってしてる~」

優しく話す彼女だが、それでも祈は頑(カタク)なな態度を崩さない。

祈はやわらかいほっぺたを思いきり膨らませて抗議する。


「そうだね、ダメになっちゃったね。

でもね、祈ちゃんのために一生懸命つくったパパの気持ちに『ありがとう』してほしいな。

それに、このスパゲッティーとっても美味しいよ?」


「ほら」とそう言った彼女は皿ごと祈の前に持ってくると5本の指を使ってスパゲッティーを掴んだ。

彼女は熱があったにもかかわらず、パスタはけっして消化にいいものではないということも承知の上で紫から紅色に戻った唇へとスパゲッティーを放り込み、噛み砕いて嚥下(エンカ)した。


「……とっても美味しい」

満面の笑みを浮かべながらスパゲッティーを食べる姿を祈に見せる彼女の姿は、少なくともぼくの胸を熱くした。


美味しそうに食べる彼女を見た祈は癇癪を起こすのをやめ、大きな目を潤ませながら、渋々といった感じで皿に置いたフォークをふたたび握ると、見るも無残になったヨレヨレスパゲッティーを口の中に放り込んだ。



その姿がとてもいじらしい。



祈はスパゲッティーの味を確かめるように、モシャモシャと小さな顎(アゴ)を動かす。


「――……おいしい」


祈ははじめ、パスタが不味いと否定した。その手前、引っ込みがつかないのだろう。

今も無表情ではあるが、たしかに大きな頭はコクンとうなずき、彼女が言ったことは本当だと肯定した。