キスをしたいという衝動に負けたぼくはついに彼女の顔を上向きにすると、ふっくらとした唇を奪う……。


彼女とのはじめてのキスは、ほんのり甘酸っぱい涙の味がした。



――いったいどれくらいの間、ふっくらとした紅色の唇を味わっていただろうか。

やがて重なっていた唇が離れると、美樹ちゃんはほんのり頬を紅色に染めて顔を俯ける。


だけど、ぼくはすっかり彼女の虜(トリコ)だ。

もう一度彼女の瞳の色が知りたくて、そっと顎(アゴ)に手をかけ、上を向かせた。

美樹ちゃんは頬をいっそう赤く染め、恥ずかしそうに視線をそらそうとするものの、それでもぼくを見つめ返してくる。

その健気な大きな瞳がとても愛おしい。


また彼女の唇の感触を味わいたい……。

さらなる欲がぼくを襲い、唇を重ねようとした時――……。


「ん~~~っ、ママぁ?」

平べったい声がロマンティックなこの場の雰囲気を見事に消し去ってくれた。

小さな手で松ぼっくりみたいな大きな目を擦(コス)って台所に姿をあらわしたのは祈だ。


ついさっき、ぼくは美樹ちゃんに告白したばかりだというのに、祈にとってはもうすっかり彼女の立ち位置は母親になっている。

そのことがおかしくて、ついつい口元を緩めてしまった。

どうやらそれは美樹ちゃんも同じだったらしく、彼女はぼくにふんわりと笑いかけると小股で歩いてくる祈に寄り添った。


「パパ、イノおなかすいた~」

さんざん泣いたせいか、祈は空腹を訴えてきた。