麻生 慶介が美樹ちゃんに同意書を無理矢理書かせようとしていた時だって、泣きじゃくる彼女を放って自分を優先させる彼には抑えきれない怒りがこみ上げてきたし、
後ろから抱きしめるように拘束していた姿をまざまざと見せつけられた時もぼくこそが彼女を抱きしめるべきだと思い、嫉妬で狂いそうになったのを覚えている。
それは今まで感じたこともない怒りで、奴を殴り飛ばしたいという衝動にもかられた。
それでもぼくが奴を殴り飛ばさなかったのはひとえに、ぼくの腕の中に美樹ちゃんがいたからだ。
ぼくにとって彼女を守ることがもっとも重要で、あとはどうなろうが知ったことじゃなかった。
それはぼくが誰よりも美樹ちゃんを想っているからこそだ。
「美樹ちゃん、祈もそうだけど、ぼくは君がいなくなったと思った時、とても苦しかったんだ」
どうかぼくの気持ちをわかってほしい。
そう思い、今も台所の入口で立ち尽くしている美樹ちゃんへと一歩、足を進めた。
それを感じ取ったのか、美樹ちゃんは体を強ばらせた。
「もうやめてっ、言わないで!」
彼女が告げたそれは、張り裂けそうな痛みを伴わせる声だった。
「美樹ちゃ……」
「そんな優しい言葉……もう言わないで……」
本心を口に出しただけなのに、優しい言葉とはなんのことだろう。
意味が分からず、口を閉ざしたままでいると、また口を開いた美樹ちゃんのその言葉はぼくが予想もしなかったものだった。



