あまりにも不快感を感じたぼくは、顔をしかめてしまった。
美樹ちゃんが体験した悲しい出来事を思えば、胸が押しつぶされそうになる。
ぼくの口は今、鉛のように重たかった。
できればもう、この件は口にしたくない。
だが、説明しなければ母さんは納得してくれないだろう。
ぼくは重い口を開き、続きを話しはじめる。
「ぼくも少ししか状況を知らないから詳しくは説明できないんだけれど、今回呼び出した彼は美樹ちゃんが自分の子供を身ごもっていることを知り、中絶を申し出てきたんだと思う。
ぼくが駆けつけた時、美樹ちゃん本人は子供をおろしたくはないと拒絶しているのに、無理矢理、書面にサインをさせていたところだった」
慶介はただ自分のためだけに美樹ちゃんの華奢(キャシャ)な体を後ろから覆うようにして右手を握りしめ、『お前は孤独だ』と何度もひどい言葉を耳元で叫んでいた。
彼女をどん底に陥れる醜い光景を思い出せば、今でも怒りが湧き上がってくる。
涙を流し、懸命に嫌だと拒絶する美樹ちゃんの姿が頭から離れない。
彼女を救い出し、地面に広げてある書面を見下ろせば、涙でボロボロになっていたそれが何よりもその悲痛さを物語っていた。
――だが、もうさすがの彼ももう美樹ちゃんを執拗に追いかけたりはしないだろう。
なにせ、ぼくが法的処置を取ると彼を脅した。
いくら権力や金があったとしても、こうまでした彼を訴えれば、ぼくらは間違いなく勝訴するのは奴にだって目に見えてわかることだ。