それを目にした瞬間、胃が押しつぶされそうになるくらいの吐き気があたしを襲う。
それというのもすべて、目の前にある、この紙切れのせいだ。
慶介の懐から出されたそれは、赤ちゃんを中絶させるための同意書だった。
彼はきっとあたしが茶封筒を返した時点で中絶する気がないことを知ったはずだ。
それなのに、同意書にサインを求める。
こんな馬鹿げた茶番はもうこりごりだ。
「慶介、あたし。赤ちゃんを産むわ。そしてこのお腹の子と一緒に生きていく」
こうして慶介が中絶の同意書を示してくるからにはあたしがお腹の子をおろしていないことを知っているのだろう。
それ以上何も言う必要はないと思い、あたしは決意を口にした。
だけど、慶介はやはりとも言うべきなのか、納得してはくれない。
「美樹(ミキ)、いい加減うなずいてくれないか? 君にとって子供は邪魔なはずだろう?
俺の知り合いに診療所を経営している者がいてね、そこなら待ち時間もかからずすぐに手術をしてくれるんだよ。
妊娠初期の今なら日帰りもできるし、さほど問題ない。
……悪いが、君と別れてからのことは探偵を雇って調べさせてもらった。
なかなか面白い生活をしていたそうじゃないか」
慶介は、あたしが座っているソファーと向かい合っている背もたれと肘かけがついた椅子に腰掛け、お腹辺りで両手を組んで身を乗り出した。
鋭い視線は鋭利な刃物でも突きつけるかのようにこちらを見据えている。