「はい」
隣にいる祈ちゃんを起こさないよう恐る恐る声を出せば、電話の呼び出し音と同じくらい冷たい、まるで機械のような声が聞こえた。
「美樹(ミキ)か……久しぶりだな。話がしたい。3時に春日公園で待ってる」
一方的な電話は慶介らしい。
そう思うものの、なぜか彼に捨てられてあんなに悲しいと思っていた気持ちはすでに存在していなかった。
慶介のことを客観的に見ている自分がいることに気がついた。
どうやらあたしは慶介に対する想いを完全に吹っ切ったらしい。
皮肉にも、彼以上に好きになった潤さんの登場で……。
あたしの隣で眠っている祈ちゃんを横目で捉えながら本格的に起き上がると、目覚まし時計の時間を確認する。
14時30分。
ここから春日公園まで徒歩で20分程度。
間に合うか。
頭の中で時間の計算をしながらも、ごわついた天然の茶色い髪をクシでとき、出かける準備に取り掛かる。
――慶介に渡された茶封筒ごと入っていたお金を全額返そう。
そして、この赤ちゃんとふたりだけで生きていこう。
そこであらためて自分の服装を見下ろせば、紺色のワンピースに身を包んだ自分の姿が目に映った。
ああ、だけど自分中心な慶介と渡り合うためにはこんな生易(ナマヤサ)しい格好じゃいけない。
あたしは気持ちを入れ替えるため、以前会社に勤めていたグレーの膝丈スカートとスーツに身を包み、黒のパンプスを履いた。



