あたしみたいな奴が望んだって、そんな平和な世界はやって来ないのにね……。

自分の立場を忘れ、生まれ出た考えに、思わず苦笑を漏らした。



正面玄関に設置されている自動ドアから中へ入ると、葉が広い観葉植物がお出迎えしてくれた。


潤さんはあたしを奥にあるエレベーターに誘導し、やがて目的の403号室へとたどり着くとグレーのドアを開けた。


いろいろなことを考えすぎたあたしはすっかり疲労していた。


サンダルをぬぎ、廊下を抜けて台所にある4人掛け用のテーブルと一緒に置かれているひとつの椅子へと腰掛ける。



そんな中、彼の仕事はまだ終わらない。

潤さんは、廊下に固定されている電話の受話器を手にしていた。

それが何を示すのかはよくわかる。

彼はあたしの引越しの手続きを済ませるつもりだ。

業者に電話をして、荷物をここに移動してもらう手はずを整えるのだろう。



――あたし、本当にここに来て良かったんだろうか。


彼に甘えて良かったんだろうか。



でも、あのまま社宅にいたってどうせいつかは追い出される。

仕事も見つからない中、いつ追い出されるかもわからないビクビクした気持ちであの家に住むことを考えると、とても息が詰まる思いがした。


少なくとも、あたしはまだここにいることができる。

帰る家ができた。

そう思うだけで、胸を撫(ナ)で下ろすことができた。