もちろんあたしは悪いことなんてしないけれど、それでも潤さんはあたしのことを知らないわけで――……。

だからあたしが何か良くないことをしでかすかもしれないと思うはずだ。


赤の他人を家に住まわせるなんてそんな危険なことを口にするはずがない。


そう思うと、またひとりきりだと思い知らされ、あたしの浮上しそうになった心が沈んでいく……。



どうしよう、また……。

悲しい涙が出てきてしまう。


視界が霞みがかり、またもや喉を詰まらせてしまう。



部屋には長い沈黙が流れた……。


だけど潤さんは今度こそ、生まれ出た沈黙を壊すことはなかった。


彼は間違いなくあたしの言葉を待っている。


でも、彼はいったい何て言ったの?


あたしは彼に何と言えばいいの?


潤さんが何を言ったのかわからないあたしには当然、返事の仕方もわからなくて、滲(ニジ)む視界のまま彼を見続けた。

すると彼は顔を傾け、今度こそ沈黙を破ってくれた。


「決められない?

でも、早く決めてくれないと、祈が9時からはじまる幼稚園に遅れちゃうんだよ」


「え?」

それは大変だ。

彼の言葉に焦ったあたしはベージュの壁に掛かっているまん丸の時計を見た。

だけど泣いているおかげであたしの視界が歪んでいる。

時計がうまく見れないことに若干苛立ちを感じ、手の甲で乱暴に目を擦(コス)って時間を確かめる。

時間は8時ちょうどを示していた。

残された時間はあと1時間。