つい先ほど、車の中で美樹ちゃんと別れた時に見せた、歩道を歩く彼女の後ろ姿がぼくの脳裏に焼き付いて離れない。
「あんたなんか慶介(ケイスケ)にとってただの浮気相手だったのよ!!」
美樹ちゃんに指を突き付け、ヒステリックに話す女性の声はとても攻撃的だ。
その女性の言葉が、あさってまで飛んでいってしまったぼくの意識を現実へと引き戻した。
――浮気相手?
美樹ちゃんはいったい何をどうして浮気なんてしたんだろうか?
攻撃的な女性の言葉について考えはじめていた直後、ぼくの手を握りしめていた祈がぐいっと引っ張った。
祈を見下ろせば、彼女は眉根を寄せ、大きな目が潤んでいた。
噛みしめた唇はへの字に引き結ばれている。
今にも大声で泣き出しそうな表情だ。
祈がどれほど胸を痛めているのかがその表情だけでもよくわかる。
ぼくは祈に向けていた視線をふたたび美樹ちゃんへと戻した。
美樹ちゃんはおそらく、相手が浮気していることを知らなかったんだ。
そして昨日、それを知った。
だから彼女は大雨の中うずくまり、出会って間もないぼくの胸で泣いたんだ。
――そして今朝、ぼくが見たあの茶封筒の札束はおそらく、浮気相手からの手切れ金だろう。
ああ、なんていうことだ。
彼女は恋に敗れ、深く傷ついていたというのに、ぼくは窃盗でもしたんじゃないかと疑って、嗚咽を漏らして泣いている彼女を突き放した。
彼女の心中を察することをせず、とても悲しい思いを抱く彼女を見て見ぬふりをした。
ぼくはなんという愚かなことをしてしまったんだろう。



