どれくらい同じ作業を繰り返していただろう。

ようやく5階までたどり着いたぼくは、また真っ直ぐ伸びている廊下を覗いた。

するとそこは閑散(カンサン)とした無人廊下だけではなく、人影があった。


目を凝らせば――ああ、なんていうことだろう。

彼女だ。



「おねいちゃん」

祈もその人影に気がついたようだ。

目の前で繰り広げられている惨劇(サンゲキ)を大きな目に映し、ぽつりとつぶやいた。


ぼくの言う彼女とは、そう。

昨日、土砂降りの雨の中で祈が見つけた笑顔が素敵な女性、森本 美樹ちゃんだ。

その彼女は今朝、ぼくが渡したデニムとパーカーを着て、黒のワンピースにヒールといった華やかな出で立ちの女性と向き合っていた。

周辺の空気は彼女たちがかもし出す雰囲気のおかげで他の階よりもずっと冷たく感じる。



ここから美樹ちゃんまでの距離はだいぶあり、彼女を呼ぶ祈の声は届かない。

しかも、彼女はこちら側に背を向けているのだから、当然ぼくたちがいるということも知ることができない。

見知らぬ女性はどうやらかなりご立腹のようだ。

体から放たれる何とも言えない鋭い気迫のようなものがあった。

その女性と向き合う美樹ちゃんのの背中は真っ直ぐ伸びている。

彼女も負けていない。

そう思うのに、なぜだろう。

美樹ちゃんの細い背中はとても悲しそうに見える。