それくらい、服を握る手には力が入っていたんだ。


残酷な言葉はもうたくさんだ。

それ以上何も言わないでほしい。

そう思っているのに、非情な慶介はさらにあたしの気持ちとは裏腹に追い討ちをかけてくる。


「会社にももう来なくてもいい。そのことは社長に伝えておくよ。

君の代わりは他にもたくさんいるし、問題ない。

これは慰謝料だ。まだ足りなければ言ってくれ」



こういう事態に慣れているのか、慶介は懐から分厚いワニ皮の高価そうな財布から札束を抜き取ると茶封筒を取り出し、中に入れた。


コトリ……と重い音がしてテーブルの上にいくらか膨らんだ茶封筒が置かれる。

だけど、あたしが欲しいのはそんな紙切れじゃない。


あたしとお腹の子供を受け入れてくれる、優しい言葉と――なにより慶介自身だった。


それなのに、慶介はすぐに立ち上がり、椅子をひくとあたしの前から姿を消した。



慶介は去った。

あたしの前には何もない。


あるのは空になった椅子と、茶色い木目の壁に飾られた水彩画だけ……。


だけど、あたしの頭の中は今、それどころじゃなくて――。


俯いた視線の先にはなんの飾り気もないお札という紙切れが入った分厚いただの茶封筒。


それを見つめていると、あたしの中にあった様々な感情が消えて失くなっていくのがわかった。


あたしは無造作に置かれた茶封筒を何も考えず握りしめ、機械的に手を動かしてポーチの中に仕舞う。

そうしてあたしも席を立った。