目の前には大人ふたりが肩を並べて歩ける階段と、右手の奥にはエレベーターがふたつある。

美樹ちゃんがここの、どの階にいるかもわからないぼくは、迷わず階段を選んだ。


そんなぼくの隣では、萎縮(イシュク)している祈の姿が見える。

どんなに大人びたことを言ったって、彼女はやはり子供だ。

甲高くてしかもヒステリックな声は彼女を容易(タヤス)く恐怖へと導くだろう。


ぼくは祈に大丈夫だと言う代わり、もう一度小さな手を少し強めに握った。


灰色をした亀裂混じりの階段を上り、ひとつの階にたどり着くごと、まっすぐ伸びた廊下を覗き、無人だと知れば次の階段を上り、そしてまた新たな階で立ち止まる。


そんなことをしながら上へ上へと進んだ。

そんなぼくはまるで東京で開催される大規模なマラソン大会にでも参加しているような気分だ。

心臓はドクドクと鼓動を繰り返し、息切れもする。

それらはすべて日常あまり運動をしていないからという体力的なものと、そして、一向に美樹ちゃんを見つけることができない焦りからくる精神的なものだ。

たしかに彼女はここにいる。

それは間違いない。

にもかかわらず、彼女の姿を見つけられない。



彼女と別れた直後の物悲しそうな細い背中。

まるで鉛でもつけて歩いているのではないかというくらいの重そうな足取り。

それらが何度もぼくの脳裏をかすめ、消えていく。