ぼくはどうにもヒステリックな女性の相手が気になり、立ち止まることなくそのまま歩き続けた。
祈の手を握り、急いてしまう気分をなんとか落ち着かせるため、こっそりと息を吐きながら7階建てマンションの正面玄関へと向かう。
建物の右側を見ると、紺色のプレートで『春日1丁目16-17』と書かれてあった。
――ああ、間違いない。
あのヒステリックな女性の相手をしているのは美樹ちゃんだ。
どことなく確信を抱いたぼくは祈を連れて玄関前に備え付けられている自動ドアの前に立った。
ぼくに反応した自動ドアは間もなくして機械的な音を出し、小刻みに震えながらゆっくり開いた。
そのドアはまるで祈の心情とリンクしているような気がしたのはけっして気のせいではないだろう。
祈からは何とも言えない緊張感が伝わってきた。
ぼくは今にも心が折れそうな祈の小さな手が自分の手の中にあるのを確認するため、手の中にある彼女の手を今一度握り、ふたたびゆっくり歩き出す。
正面玄関の中に入ると視界に広がるのはやはり物悲しい灰色で、壁面のあちこちには建物の年数を思わせる小さな亀裂が入っていた。
ぼくと祈が立っている自動ドアのすぐ横には葉が細い観葉植物が置いてあるだけだ。
どうやらここの管理者はとてつもなく営利的な考え方をした堅物男に違いない。
そうでなければ、とても年老いた男性だろう。
少なくともここは年若い女性が住むような華やかさは一切なかった。



